社長の徳
最近の偽装などの世間を騒がすニュースでマスコミに登場するトップを見て、以下のことを痛感する。
人は、見かけによれないというが、その種の社長の人相は、共通して確かに余り良くないように思う。
安岡 正篤氏は、「事業は徳なり」と、以下のように述べている。
「事業というのは、要するに人である。
したがって、本当の事業は、事業でなくで「徳業」なのだ。
会社の幹部になって事業を経営する人の人格、その気分、
思想などが自然に集まって一つの社風というものをつくる。」
ところが、偽装などの事件で登場する社長は、どう見ても勘違いをしているように思われる。
「徳業」を「得業」と。視界が狭く、お金の亡者になってしまっている。
こういう社長は、決まって会社を滅ぼす。
記者会見等での態度を見ていると、共通している。
自らの小成功に奢り、自らの知恵がいかにも優れていると消費者のことを無知だろうとなめている。
部下をいい加減に取扱い、会社を私物化し独裁者となっている。
こうなると決まって人相も悪くなってくる。
零細事業から創業し、「素直な心」が道をひらくを信条として謙虚にして、成長に成長を重ね、「いくつもの逆境をくぐり抜け、自分の夢を組織の夢に、さらに社会に奉仕する夢にまで高めた」松下幸之助さんの爪の垢でも煎じて欲しいものだ。
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